大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)672号 判決

原告 亡松本法泉訴訟承継人松本春技 外二名

被告 福岡市

主文

一  被告は原告ら各自に対し金四八万五六九五円及びこれに対する昭和四七年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その七を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、各原告において金一五万円の担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、金二一五万六三四九円及びこれに対する昭和四七年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和四七年七月一〇日、原告らの被相続人である亡松本法泉(以下単に松本という。)の住居前道路の側溝の雨水があふれ出て道路一面に氾濫し、松本方宅地に流入した。右宅地の畑部分の裏手は高さ約四メートル、長さ約一〇メートルの石垣で囲まれていたところ、右側溝をあふれ出た水が余りに多量にかつ長時間にわたつて右宅地に流入したので、ついに同日午後五時三〇分ころ右石垣が崩壊し、右宅地は長さ約三〇メートル、巾約一メートルに及ぶ地滑りを起こし、家屋庭先に約一メートルの地盤沈下を生じた。

2  被告の責任

松本方前の道路及び側溝は被告の管理にかかるものであるが、右側溝はもともと排水のためには小さすぎるのみならず、従来からしばしば物が詰まつて排水をあふれさせていた。すなわち、右道路は以前は砂利道であり、豪雨の際には雨水の一部は道路に吸収され、他は道路自体が排水路となつていたのであるが、右道路がコンクリート舗装された際に道路面が数十センチメートルも嵩上げされ、道路中央部は松本方敷地より高いほどになつた。本件側溝も、右の道路舗装と同時に従前の素堀りからコンクリート側溝に整備されたのであるが、右のような道路の状況に加えて周辺山地の宅地造成の進行により、本件側溝は周辺地域の降雨排水路の役割を全て荷うに至つたのにかかわらず、従来より増大した排水量に耐える能力を備えておらず(宅地への雨水流入を防ぐためには道路の両側に側溝が設けられてしかるべきであつたが、松本方家屋の側には排水溝は設けられなかつた。)、そのころから、本件側溝から溢れ出た水が付近家屋の敷地に流入することがしばしば生じるようになつた。

そこで、松本を含む付近住民は福岡県及び被告に対し何十回となく排水管理の改善方を陳情し、本件事故の直前である昭和四七年五月八日香惟山手町二組の町自治会は福岡市長にあてて「市道に関する道路、排水、下水溝について苦情が多く、その対策はほとんど無計画に終つている……雨期前に暫定的な道路整備等を講じるのと同時に、現地調査を行つて抜本的対策を念願する」旨の陳情書を提出した。

しかるに、被告は適切な措置を講じなかつたため、本件事故当時、本件側溝の松本方斜め前の地点に木箱がつまつて、これによつて水流がせきとめられ、また、松本方付近の本件側溝から道路下に設けられた排水用暗渠の中には水道用及び電線用のパイプ四本が通され、これに塵芥がからみ、排水の機能をほとんど果たしていなかつた。

以上のような状況のため、本件降雨時において、山側及び下原側から流れ落ちて来た大量の雨水が行き場を失い、道路を乗り越えて松本方宅地に流れ込み、前記の事故を生じさせるに至つたものである。

以上のとおり、本件事故は道路及び側溝の設置、管理に瑕疵があつたために発生したものであり、その設置、管理者である被告は、国家賠償法二条一項の規定により、右事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害(総額金二一五万六三四九円)

(一) 石垣工事代金

崩壊した石垣を修復する工事費用として金一一〇万六〇〇〇円を要した。

(二) 家屋修復代金

地盤沈下のために生じた家屋の被害を修復する費用として金五七万円を要した。

(三) 水田深土取除工事代金

前記石垣崩壊により石垣下の水田に流出した土砂等の除去工事費用として金四万円を要した。

(四) 井戸工事代金

右石垣崩壊と地盤沈下のために生じた井戸の被害を修復する費用として金四四万〇三五〇円を要した

4  原告らの相続

松本は昭和五二年九月一九日死亡したので、その妻である原告春枝及び子である原告法子、同享子がそれぞれ法定相続分に従い、各平等の割合で本件損害賠償請求権を相続取得し、本件訴訟を承継した。

よつて、原告らは被告に対し、金二一五万六三四九円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四七年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項のうち、原告ら主張の日に本件石垣が崩壊したことは認めるが、雨水の流入と石垣の崩壊との因果関係は否認する。その余の事実は知らない。

2  請求原因第2項のうち、松本方前の道路及び側溝が被告の管理にかかるものであること、原告ら主張のような陳情書が提出されたことは認める。右側溝が排水のためには小さすぎるとの主張は否認する。右側溝が従来からしばしば物がつまつて排水をあふれさせていたとの事実は知らない。本件側溝の瑕疵についての原告らの主張は争う。

道路側溝の技術的基準については法令に具体的な定めはないが、本件側溝は社団法人日本道路協会が定めた道路土工指針に基づいて適正に設置されたものであるから、本件側溝には設置上の瑕疵はない。また、被告は昭和四七年四月一日政令指定都市となると同時に福岡県から本件道路、側溝の移管を受けたものであるところ、同年六月松本住所地前道路を含む一帯の側溝の浚渫作業を行つて、排水につき万全の処置をとつたのであるから本件側溝の管理にも瑕疵はない。

3  請求原因第3項の事実は知らない。

4  同第4項の事実は認める。

三  抗弁

1  本件石垣の欠陥

(一) 本件石垣は、建設省作成の「土木構造物標準設計1」に照らすと、その高さに比して裏込栗石が非常に少なく、排水機能が阻害されていたため、降雨の侵透による土圧に耐ええなかつた。

(二) 本件石垣の石積壁は野面石の長手の部分を壁表面に配した化粧的な工法がとられており、石垣の強度は極度に落ちていた。

(三) 本件石垣は、右「標準設計」に照らして、その高さに比し控長(面から石に直角に奥までの長さ)が極端に薄く、しかものり勾配が大き過ぎたために、安全度の極めて低いものであつた。

(四) 本件石垣の水抜きは十分でなかつた。

(五) 本件石垣の天端には、四〇センチメートルの高さのブロツク(二段積み)が直立して積まれていたのにもかかわらず、右ブロツクには排水設備(水抜き孔)が全くなかつた。

(六) 本件石垣によつて支持される地盤は、斜面に盛土をしたものであり、しかも松本方敷地は過去に二度崩落していて、極めて軟弱であつた。従つて、本件石垣は、前記「標準設計」の基準より一層強度のものでなければならなかつた。

本件石垣は以上のような重大な構造上の欠陥を有していたために、極めて僅かな土圧の増大にも耐ええず一部崩壊を来たし、もともと盛土であるうえ異常な集中豪雨による大量透水で著しく軟弱化していた地盤全体が一気に地滑りを起して本件石垣の大規模な倒壊を招来し、その結果、原告主張の如き地盤沈下が発生したものである。

2  不可抗力(異常な集中豪雨)

福岡の昭和四七年七月一〇日から同一二日までの三日間の日雨量(二四時日界)の合計は、三三四・五ミリで、昭和一六年、昭和二八年に次ぐ史上第三位の記録であり、本件事故発生日である昭和四七年七月一〇日の午前零時から午後一二時までの降雨量(二四時日界)は一一九・五ミリであつた。本件事故は第1項記載の石垣の欠陥に加えて、このような異常な集中豪雨という不可抗力に基因するものである。

3  松本の過失

松本は、その敷地内に降雨水が約一〇センチメートルも溜つているのを発見したというのであるから、前記の直立ブロツクを一箇所たたき壊すなどして、溜り水を逃がすことができたのに、これをしなかつたのは、同人の過失である。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁第1項の事実は否認する。

本件石垣工事は長年の経験と実績によつて信頼を得ている地元の業者によりなされたものであつて、本件のように敷地外からの多量の雨水流人という異常な事態さえなければ決して崩壊することはなかつた。

2  同第2項のうち、本件水害当時の降雨量が記録的なものであつたことは認めるが、被告において本件側溝の管理を尽していなかつた以上、不可抗力との主張は成り立ちえない。

3  抗弁第3項については争う。本件事故時の豪雨の中にあつてブロツクを壊すという機転を要求するのは無理であるし、仮にこれを実行したとしても、本件事故の発生が妨げたかどうかは疑問である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  松本方敷地の畑地部分の裏手にそつて設けられていた石垣が昭和四七年七月一〇日に崩壊したこと、及び松本方前の道路及び側溝が被告の管理にかかるものであることは当事者間に争いがない。

二  道路及び側溝の管理の瑕疵

いずれも成立に争いのない甲第三、第四号証、乙第二号証、証人馬場秋義、同丸田久雄、同松吉諄吾、同大河内岩夫、同松本春技(訴訟承継前)の各証言、原告(訴訟承継前)松本法泉同松本春技(訴訟承継後)各本人尋問の結果及び検証の結果を総合すると次の事実を認めることができる。即ち、本件石垣崩壊事故が発生する以前から松本方前の道路(県道町川原・福岡線。昭和四七年四月一日福岡市が政令都市に指定されるにともない県から市に管理が移管された。)の排水は不十分で、付近住民はその改善を望んでいた。即ち、電話線架設工事や水道工事が行われたせいもあつて土砂や草木等が側溝に堆積していたため、側溝が本来有すべき十分な排水機能を果しえず、降雨の際には路上にあふれ出た水が道路に面する屋敷内に流入することも稀ではなく、さらに、右道路が数年前にコンクリート舗装されて従前より約三〇センチメートルも嵩上げされ、道路の最も高いところに比べて居宅敷地の方が若千低くなつたため、側溝により排水疏通されずに路上にあふれた水が一層敷地内に流入しやすくなるという状態となつた。そこで、松本ら付近住民は、道路管理者たる県に対し、道路排水の改善を要求して何度か陳情したことがあつたが、有効な方策がとられないまま放置されていたところ、本件道路が被告の管理に移された直後の昭和四七年五月付近住民から改めて陳情がなされたのに応じて被告市当局は同年六月六日と同月一六日の二度にわたり三人の作業員を使つて松本方前の道路一帯の側溝の浚渫を行わせたのであるが、昭和四四年頃側溝にコンクリート蓋が設けられて以来一度も浚渫をしたことがなかつたため多量の土砂等が堆積していたのにかかわらず、その浚渫作業のやり方は、コンクリート蓋のすべてを取りはずさず、連続した蓋のうち幾つかを取りはずしただけで作業を行うという不撤底なものであつた。さらに、松本方居宅近くの側溝から県道下を通つて排水用の暗渠が設けられているのであるが、この暗渠の中に管理者に無断で電線・水道用のパイプ四本が通されており、これに物がからまつて排水用暗渠としての機能を阻害していたのにかかわらず、これが看過されたままに終つた。このように、被告の行つた浚渫作業は、松本方付近の道路及び側溝の排水についての付近住民のかねての希望をみたすものではなかつた。

昭和四七年七月九日から一三日にかけて九州北部、山口県に大雨が降り、各地に大きな被害を与えたのであるが、同年七月一〇日午後、松本方付近一帯もひときわ激しい雨に見舞われ、排水しきれないで側溝からあふれ出た水は県道を横切るようにして松本方敷地に流入していつた。その模様を見ていた松本は、同人方居宅斜前にある側溝のコンクリート蓋の間から水が吹き出しているのに気付き、訴外馬場秋義の協力をえて蓋をとりはずしてみると(この部分は、モルタル様の物が上にかぶさつていてとりはずしにくかつたため、前記の被告の作業員による浚渫の際にも放置されていた。)、塵芥の付着した木箱がつまつていて、排水を妨げているのが発見されたので、同人らはこれを取り除いたが、その頃までに路上の雨水は容赦なく松本方の敷地に流れ込み、本件石垣の天端にブロツク二段が積み渡されていてこれに排水孔が設けられていなかつたこともあつて、流入した水は松本方敷地内の畑部分に池のようになつて溜り、同日午後五時頃ついに本件石垣は飽水状態となつた畑地部分の土圧を支えきれずに崩壊し、次いで同人方居宅裏側の石垣もずり落ちるように下方に動き、これにつれて居宅敷地の地盤が沈下、陥没し、右石垣の付近に設けられていた井戸の内部が破壊されて使用不能になるとともに、家屋の基礎が不同沈下して家屋が大きく傾くに至つた。

以上のように認められこれを左右するに足る証拠はない。

ところで、道路に沿つて設けられる側溝は一般に道路上に溜る雨水等を排除して道路の安全を確保する目的を有するものであるが、同時に、道路上の雨水が道路外の土地に侵入するような事態を防ぐ機能をも期待されているというべきであつて、側溝が右の機能を欠く場合においては道路及びその一部たる側溝の管理に瑕疵があると解すべきところ、これを本件についてみるに、右に認定した事実に徴すれば、本件側溝の排水機能に障害があつたことは明らかであるから、本件道路及び側溝の管理には瑕疵があつたものというべきである。被告の主張によれば道路側溝の技術的基準については法令に具体的な定めはなく、本件側溝は社団法人日本道路協会が定めた道路土工指針に基いて適正に設置されたものであるというのであるが、たとえ右のとおりであるとしても、単に被告主張のような技術基準に合致していることをもつて瑕疵なしと即断しうるものでなく、当該側溝の具体的な状況に即して瑕疵の有無を論ずべきことはいうまでもないのであるから、右被告の主張事実をもつて本件側溝の瑕疵を否定しうるものではない。

三  管理の瑕疵と本件事故との因果関係

前に認定したところによれば、本件道路及び側溝に管理の瑕疵がなく、側溝が本来備うべき排水機能を発揮していたならば、本件のように路上にあふれ出た水が松本方住居敷地内に流入、滞留して本件石垣を崩壊するに至らしめることもなかつたであろうし、ひいて地盤沈下等の事故を招くこともなかつたであろうと推認することができる。

右に関し、被告は、本件事故の原因は本件石垣に存した構造上の欠陥と不可抗力たる異常な集中豪雨である旨主張するので、まず不可抗力の主張について判断するに、前掲乙第二号証によれば、福岡の昭和四七年七月一〇日から同一二日までの三日間の日雨量の合計は三三四・五ミリで、同一六年六月二六~二八日(五三九・六ミリ)、同二八年六月二六~二八日(四六一・五ミリ)に次ぐ観測史上第三位の記録であり、これにより各地に大きな被害を与えたことが認められ、証人馬場秋義、同松吉諄吾の各証言によつても、事故当日の本件現場における降雨量は稀にみる多量のものであつたことが認められる。しかしながら、その降雨量が第三位の記録であるということが端的に示すように、当時の降雨量が予見不可能なものであつたということはできない。のみならず、本件においては、河川等とは若千趣旨を異にし、道路側溝という排水路としては小規模かつ人工的要素の強い設備が問題となつているのであつてその管理のよろしきを得れば、たとえ激しい豪雨のもとにあつても本件のような雨水氾濫といつた事態の発生を未然に防止するのにさほどの困難はなかつたと考えるのが相当であつて、前記集中豪雨を不可抗力と解し、被告の責任を免ずべき事由となすことは到底できないものといわなければならない。

次に、本件石垣の欠陥の主張について案ずるに、それぞれ成立に争いのない乙第三号証、同第四号証、証人馬場秋義、同国広鉄雄の各証言によれば、本件石垣が建設省作成の土木構造物標準設計(以下単に標準設計という)に合致したものでなかつたことは明らかであるが、このことから直ちに本件石垣に構造上の欠陥があつたと断定するのは相当でない。他方、右各証言によれば、本件石垣は地元の石積み業者が長年の経験による慣行的な基準に一応のつとつて施工したものであることが認められるが、だからといつて本件石垣が現場の具体的状況に則し擁壁としての機能上何の問題もなかつたものと即断するのも早計である。そこで、本件石垣の構造及び安全度等についてさらに審究するに、証人松下博通の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第八号証の一、二によれば。本件石垣は、自然石の長手部分を表面に配し、その控えの長さは一〇~一二センチメートル程度しかない化粧的工法がとられており、裏込めの厚さが十分でない上に裏込石の部分にコンクリートが流れ込んで排水機能を阻害しており、また石垣の天端に積まれていた前記のブロツクに水抜き孔がなかつたこと等のために、本件石垣の強度は著しく低く、水圧の作用により容易に倒壊するおそれのあるものであつたというのである。しかし、本件石垣の崩壊に関する所見である前掲乙第八号証の一は本件事故発生後三年以上を経た後に作成されたものであるし、その所見の基礎とされた資料は、証人松下博通の証言に明らかなように、ごく一部残存していた旧擁壁の外部からの観察や事故現場の土中に残存していた三、四個の石にとどまるものであり、前掲乙第四号証及び証人馬場の証言をも考えあわせると、右松下の所見は本件石垣の全容を正確に明らかにしえているものとはいい難いと考えられる。けれども、たとえ部分的にせよ、本件石垣の石に控えの長さが一〇センチメートル余りにしかならない積み方をしたものがあつたことは右松下の証言及び乙第八号証の二の各写真から認められるところであつて、一般に石垣というものが一部分に存する欠陥を原因として全体が崩壊に至りうることを考えるならば、右の欠陥はたやすく看過すべきものではないといえる。

ところで、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、松本方居宅の敷地(畑の部分を含む。)は、その北西側一帯の高地がかなりの角度で南東側の低地(水田)へと続く斜面の突端部に位置していることが認められるところ、このような地形上の特徴からするならば、北西側高地への降水は自然の勢いとして松本方居宅敷地の方向に移動し、その付近の地下水位はかなり高いものと推認されるうえに、右敷地の法面下部には自然の竹藪が存し、松本方居宅裏側の石垣は右竹藪の中途から築かれていることに照らして考えれば、その詳細は明らかにしえない(乙第四号証に記載された旧地盤線の正確性については十分な証拠がない。)ものの、松本方敷地は自然の地盤の上に盛土をし、これを支えるべく石垣を設けたものと推認して誤りないものというべきである。したがつて、同人方の石垣は、本来その四囲の条件からしてかなり高度の安全性が要求されていたものと考えるのが相当であつて、このことは、前掲甲第四号証及び松本法泉本人尋問の結果によつて認められる、松本方の土手及びブロツク塀が過去昭和三七年四月及び同四五年七月に崩壊したことのある事実によつても裏付けられるものというべきである。

しかるところ、前掲乙第四号証及び証人馬場秋義の証言によるも、同人が本件石垣を築造するに際し、上記のような諸条件を十分に配慮したことは認められず、却つて、注文主の予算の範囲内で、一般的な見地から一応安全と考えた工法によつて施工したものであることが窺われ、本件石垣は、その程度はともかく、前記松下の証言及び乙第八号証の一が指摘する点において、十分な安全性を有するものではなかつたと推認するのが相当である。

以上のとおり、本件石垣は、単に標準設計の要求する技術的水準に達していなかつたというばかりでなく、現地の自然的条件から要求される具体的な安全性の基準に照らしても、構造上及びその実際の施工の上で問題があつたことを否定しえないものといわざるをえない。即ち、前記のように、本件側溝からの雨水氾濫がなければ本件石垣の崩壊等の事故発生はなかつたであろうと推認される一方において、本件石垣が、たとえ標準設計どおりでないにしても、本来要求されて然るべき程度の安全性を備えた構造のものであつたならば、右雨水氾濫にもかかわらず崩壊することはなかつた(したがつて、敷地の地盤沈下等もなかつた)であろうと推認するのが相当である。この意味において、本件石垣の実態そのものがその崩壊の発生に寄与したという因果関係の存在を否定し難いというべきである。

かようにみてくれば、被告主張のように、本件事故の発生原因をすべて石垣の欠陥と異常な集中豪雨に帰せしめるのは相当でない反面において、本件道路及び側溝の管理の瑕疵のみに原因を求めるのも当を得たものとはいい難く右両者が互いに関連競合して本件事故の発生を招いたとみるのが最も事案に適合するものと考えられる。

思うに、このように複数の原因が競合して事故が発生し、損害が生じた場合において、その損害賠償の責任範囲を定めるにあたつては、原因競合という困果的事実に即応した割合的な損害の負担の実現を図るのが望ましく、かような処理は、損害の公平な分担という不法行為制度における基本的理念にそうゆえんと考えられる。即ち、本件道路及び側溝の管理者たる被告の責任は、その瑕疵が事故の発生に寄与した割合に応ずる範囲において、換言すれば、本件石垣の不備が事故発生に寄与した部分を除いた範囲においてこれを認めるのが相当である。

そこで、前に認定した本件道路、側溝の管理の瑕疵の程度、態様、本件石垣の不備の内容、程度その他諸般の事情に鑑みると、右管理の瑕疵が本件事故の発生に寄与した割合は七割と認めるのが相当であり、したがつて、前述のように、被告の損害賠償責任の範囲もその寄与分たる七割に限るのを相当とする。

四  過失相殺

本件事故の発生当時の状況は前に認定したとおりであつて、松本は、側溝をあふれ出た水が敷地内に流入し石垣の崩壊の危険が切迫する事態の中で側溝の状況を見分した結果、木箱がつまつているのを発見し、激しい豪雨のさなかに右木箱を取除く作業を行つたものであり、かかる状況にある松本に対し石垣天端に積まれたブロツクを壊して畑地の排水を図るという機敏の措置を要求することは、原告ら主張のとおり難きを強いるものというべく、このような措置をとらなかつたことをもつて過失相殺の事由となすのは相当でない。ただし、右ブロツクに排水孔を設けていなかつたこと自体は、これによつて流入した雨水が滞留し石垣の崩壊を早める一困となつたものと推認して誤りないものと考えられるので、前記損害発生の寄与の割合を判断するについての一つの要素となすのが相当である。

五  損害の発生

本件事故により、本件石垣が崩壊するとともに、松本方家屋の東北側裏手にある石垣がずり落ち、このために右家屋の地盤が陥没、沈下して家屋が傾いたほか、松本方の井戸が使用不可能となつたことは、前認定のとおりである。そして、原告松本春技本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第六号証の一ないし三、同第八号証の一、二、同第九号証及び右本人尋問の結果によれば、松本は、右の被害を修復するために、石垣工事費用として一一〇万六〇〇〇円、家屋修理工事費用として五七万円、土砂取除工事費用として四万円をそれぞれ支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。井戸の修復については、原告松本春技本人の供述及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一〇号証の一、二によれば、本件事故により破壊され使用不能となつたのと同様の井戸を設けるためには三六万五五五〇円の工事費用を要することが認められる(甲第一〇号証の二中の揚水用モーターポンプ設置の費用については、検証の結果によれば従前の井戸には動力ポンプの設備はなかつたことが認められるから、この費用は被害の修復に要する費用とは認め難い。)。右供述によれば、松本方には上水道設備のあることが認められるけれども、同時に、松本は本件事故発生前より井戸を生活の便宜に供してきており、今後においても井戸の利用価値はあり、経済が許せばその設備をする意思のあることが認められるのであるから、松本が従来井戸の使用により享受してきた生活上の便宜は保護されるべきであつて、本件井戸の損壊、使用不能による損害は前記の工事見積費用三六万五五五〇円を下らないものと認めるのが相当である。よつて、損害総額は金二〇八万一五五〇円であり、その七割は一四五万七〇八五円となる。

六  以上に説示したところにより、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故によつて松本のうけた損害に対し金一四五万七〇八五円を賠償する責に任ずべきところ、松本は昭和五二年九月一九日死亡し、その妻である原告春技、子である原告法子、同享子がそれぞれ法定相続分に従つて松本を相続したことは当事者間に争いがない。

七  以上の次第であるから、原告らの本件請求は、それぞれ、右一四五万七〇八五円の三分の一の額である四八万五六九五円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四七年七月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその範囲において認容すべく、その余は理由なきものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 南新吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例